2010年1月20日水曜日

ソウル・ディープ 1

今日は、最近では一番暖かくって爽やかでしたね~~~
時折吹く風も、爽やかな春~~…って感じで暖かくて
気持ちいい感じでした

そういや、今年の初めにやっていたテレビ番組があったのですが
少しずつ 今更ながら見ていました

NHK BS1 で「 世界のドキュメンタリー 」シリーズで放送されていた
「 ソウル・ディープ 」…という
アメリカでの、ソウルミュージックの誕生から、今日までの流れを追った番組です
2005年、イギリス BBC 制作、だそうです

私は、若い10代後半頃から 主に1970年代の海外のロックを中心に
聞いてきたわけですけど
その流れから、だんだんと 50~60 年代ブルーズを聞くようにもなりまして。

そのときに、音楽の流れ…というか
ブルーズなどの いわゆる黒人音楽が生まれた いきさつを知りました

この通り、細かいことは本当にすぐ 忘れてしまうので
今回、あらためてルーツからの歴史も見ることができて 良かったです

この番組、音楽が好きな方はもちろん、、ですけれど
知らない人にとっても
アメリカの、アフリカ系アメリカ人の歴史も 音楽を通して知ることができます

自分が特に印象深かったのは、最初の方の回( 1,2 回 )、での お話しでした
よく知らない人のために
個人的に 印象深かったところを、書いておこうと思います

この番組を見ていて 感じたのは
番組の誰かも、言っていたと思うんですけど
そして、こういう言い方もどうか、と思うのですけれど、、、、

アフリカから、アフリカ系アメリカ人が 奴隷として奴隷船で
アメリカに連れてこられなければ、
魂から来るソウル・ミュージックは、誕生していない、と。

ソウル・ミュージックとは
黒人音楽の総称でしたが、最近は肌の色は関係ないもの、
音楽ジャンルとしての言葉になっています

ブラックミュージックとか、ブラコン(ブラック・コンテンポラリー)とか呼ぶ人も
いますけれど

わたしは、今までもそうですが
広い意味を持つ、ソウル・ミュージック、という言葉を好んで使っています

1回目は、レイ・チャールズさんを軸に
その時代背景や、いろいろなミュージシャン、貴重な当時の映像も出てきます


ご存じの方も 多いと思うのですけど、、、、

奴隷としてアメリカ大陸に連れてこられ
自由な意志も行動も、言葉を発することも禁じられてきた人々でしたが
番組は 20 世紀、1930年代くらいから スタートします

激しい人種差別におかれていた黒人社会からは
数々の音楽が生まれていますよね

ゴスペル、ジャズ、R&B ( リズム・アンド・ブルース )、ブルーズ、ロック、
ファンク、ヒップホップ などなどなど、、、。

それから 当時は「 ソウル・ミュージック 」「 R&B 」…という言葉はなく
「 レイス・ミュージック 」( 人種音楽 )…と
呼ばれていたそうですが

差別用語は良くない、、、という風潮が広がってきたので
ビルボード誌の記者が、編集長に命じられ

締め切りまでに、考えてきたのが
「 リズム・アンド・ブルース 略して R&B  」…という
エピソードも ありました
( ご本人がインタビューで言っていた )

ソウル・ミュージックの始まりは、労働歌、、、

当時の黒人は
歌うことも、楽器を持つことも 禁止されていたそうで
唯一、労働しているときに、自分たちを励ますために歌うことが
許されるようになっていき

唯一のよりどころが、教会、、、つまり
神にすがり、祈ること、、、
教会の中だけは、自分の意志や行動を制限されることがなかったので
みなが、教会に集まるようになりましたが

最初から、今のような いわゆる「ゴスペル・ミュージック」が
あったわけではなく
当時は、ヨーロッパに古くからある賛美歌を歌わされていたそうで

そこに、アフリカ系アメリカンの要素が少しずつ加えられて
今のような、ゴスペルスタイルが出来上がったそうです

わたしは恥ずかしながら 番組で初めて知ったんですけれど
多くの人が知っている、スタンド・バイ・ミー…という曲。

映画でも有名ですし、主題歌にもなっていますけど
あれは、もともと伝統的な古いゴスペル曲、

スタンド・バイ・ミー・ファーザー…という曲を
真似た歌なのだ、と ベン・E・キングさんが言っていました

ゴスペルとブルーズは、一見似たような雰囲気がありましたが
歌詞の内容が、まったく違っていたため
黒人社会では 別物、とされてきたようで

黒人のためだけにあった、ゴスペルソングを
人種問わず、すべての大衆にむけてポップソングとして
世に送り出したのが、
レイ・チャールズさんや、サム・クックさん、ジェームス・ブラウンさん。

レイ・チャールズさんは、1930年生まれ。
映画でもご存じの通り、10代でプロのミュージシャンとして
生計を立てていた方です

当時の、黒人社会の世相は
ゴスペルとは、「 神に捧げる音楽 」 であり

ポップソングに変えて歌うなんて、神への冒涜だ、と強く思われていて
教会の考えは黒人社会の世相、、、、絶対的なものでした

そんな強い考えが広がっていた当時に
レイ・チャールズさんは、ゴスペルとポップスを合わせた
新しい音楽を始めた最初の人で
それが、ソウルミュージックの始まり、と言われています

もともとゴスペルソングとしてあった歌を
ポップミュージックと織り交ぜて演奏したり
クラシックやジャズなども取り入れたり、、、

もちろん、当時の黒人社会では
「 …なんてことを! 魂を売ったのか 」…と思われていたようですけれど

勇気がいっただろうなあ、、、と 番組みながら 思ったりしてました

今では、当たり前にいる、メイン歌手のバックで歌っている
複数のコーラスグループ、、

あれも、最初に女性コーラスグループをつけて 掛け合いで歌ったのは
レイ・チャールズさんが初めてなんだそうですが

歌の掛け合いや、女性コーラス…
そもそも ゴスペルから来てるそうです

それから、ルイ・ジョーダンさんは、当時
レイ・チャールズさんを始め、みんなの憧れの存在だったそうで

サックス演奏、歌、作曲、映画制作もしていた多才なルイ・ジョーダンさん。

今まで 黒人音楽は
奴隷、人種差別、悲しみ、などを表現したものが多かった中
ルイ・ジョーダンさんの音楽は
今、聴いても アップテンポなリズムと、ダンサンブルなフレーズで

さあ、踊ろう、ダンスだ、楽しもう、というもので
当時は、とても斬新で新しい音楽だったそうです

教会も、ひとたび中に入れば 実際には
静かに祈っているのではなく
ゴスペル歌手が、歌い、ゴスペルグループが演奏し
どんどん、ゴスペルのスターが誕生していき、人気が出てきて

歌や演奏にあわせて 踊ったりしているうちに
興奮状態になったりして、

当時の黒人教会は
さながら コンサート会場でもあったようで

ジェームス・ブラウンさんはインタビューで、こう言っていました
「 一週間働きずめでも、土曜の12時になれば 報われる 」

白人による、ロックが台頭してきたころ、、、

( ロックは、リズム&ブルーズと白人によるカントリーミュージックが
  合わさったことが発祥のようです )

この頃から、黒人社会のなかに
自分たちの置かれている状況に、異議を唱えよう、
肌の色、自分たちの歴史に誇りを持とう、という考えが広がってきました

教会の牧師、説教者が広め始め、のちに公民権運動へとつながっていきます

今回見ていて、初めて知ったのは、ルース・ブラウンさん。
この方のパワフルな歌、初めて聴きましたが ヨイです~~~ とても好きです
( 名前は知らなかったんですけど、なぜか曲は知っていた )

このルース・ブラウンさん、
当時、立ち上げた アトランティック・レコードを成功に導いた歌手なのだそうです


ルース・ブラウンさんの成功のおかげで
建てられたビルは、ルース御殿、とも呼ばれてたんだとか、、、

ルース・ブラウンさんが、R&B とは、、、
Rhythm and Blues ( リズム・アンド・ブルース )
Really Blue ( 本当にブルー )
Really Brave ( とても勇敢 )
Really Black ( 本当にブラック )

…どれでも好きに呼んで、と、言葉を当てはめていたのも、印象的でした


レイ・チャールズさんも、ルース・ブラウンさんも言っていましたが
黒人は、「 お前 」、と呼ばれていたそうです
当時、名前で呼ばれることはなかったそうです

まだ、見ていないところもあるんですけど
どの回も、とても興味深いものでした

この番組は、BS なので、たぶん、、、また再放送があると思うので
見逃した方は、ぜひ、、、、オススメです

ちなみに
第一回 「 ソウル・ミュージックの誕生 」
第二回 「 ゴスペルからソウルへ 」
第三回 「 モータウン・サウンド 」
第四回 「 サザン・ソウル 」
第五回 「 ファンク革命 」
第六回 「 ヒップホップ時代のソウル 」 ・・・・・・・・というタイトルです

ファンクの回も、面白かったです

ソウルミュージック誕生の第二回目は、こちら。→ 「 ソウル・ディープ 2 」

それでは、また!

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